通用しなくなった「勝利の方程式」自分の力で考えることこそが、「生きている証」と言える時代になった!

ここ最近企業における幹部へ昇進する人たちのうち、いわゆる名門大学(東大、京大、一橋、慶応大など)の出身者の比率が減少していると言うことです。また、こんなデータもあるのですが、、、高所得者の家庭の子弟の方が東大に入学するのには、有利な時代と言われるデータがある一方で、官僚の世界において絶対的に有利と言われていた東大法学部出身者が、幹部に昇進する比率が減少しているとする事実もあるそうです。

日本国内でも最近では教育格差が問題視されるようになっていますが、高学歴の社会人には、やはり裕福な家庭の出身者が多いようです。

しかし実際には、お金をかけて高学歴の肩書を身に付けたとしても、その投資に見合った社会的なポストにつけるかどうか?は必ずしも確実であるとは言えないようであり、社会の実態を十分に考慮したうえで、人生戦略を立案していかなければ子育てそのものが、単なる負担で終わってしまうと時代に突入していると言えるでしょう。

勝利の方程式がズレ始めている

どうやら現代では、今までの時代であったら通用していた勝利の方程式に、ズレが生じているようであり、社会の実態を把握し人生戦略を練り直さなければ、ただ生き残ることだけで精一杯になってしまうかもしれません。ですから、社会の実態を知ることが、先々を見据えた人生戦略を考える上で重要になってくるのです。

子供が小さい時から「きちんとした計画の上に幼児教育を施す重要性」は認められているのですが、ではなぜ幼児教育が重要なのか?と言うとその理由は「非認知的能力」が向上するからです。他にも様々なメリットがあるのですが、この非認知能力の向上にこそ、幼児教育の重要性が凝縮できると言うことです。

では、ここで言う非認知能力とは何か?、、、それはその人の性格だったり精神、あるいは意欲に関する能力を意味します。

もうすこし具体的に説明すると、、、忍耐力や自制心、協調性、指導力、計画性、向上心、意欲など、どれもが社会的に成功していく上で、必須の能力であると言えるでしょう。

それでは、最も教育にお金をかけたケースであれば1人の子供が成人するまでに、一体どれほどのお金がかかるのか?といったことが大変興味深いのですが、最も教育費がかかるケースは、幼稚園から大学まで一貫した私立校に通うことであり、しかもそれが医歯学部に進学した場合で、さらに自宅外通勤となった時、その総額費用は4,710万4,000円もかかるそうです。

これは年額にすると261万7,000円もかかるのであり、一般的なサラリーマンの給与で賄えるような教育費でないことがわかります。

ですから日本では教育格差が広がっていると言われているのですが、しかし、かけた教育費に対してそれに見合うリターンがあるのか?をシビアに考えていかなければ、せっかくかけた教育費が無駄になる恐れもあるのです。

しかし実は、投資に対するリターンを考えなければいけないのは何も教育だけには限りません。

戦略的に教育を考えなければいけないのはスポーツ選手も一緒

プロ野球選手の年収にも注目すると、面白いデータが出てくるのですが、、、

どうやら野球選手として高年収を狙うならポジションは投手か野手であり、どのポジションを狙っていくのかによっても、最終的な年俸には大きな隔たり出るのです。

これはあくまでも年俸だけに注目した場合になるのですが、投手と外野手が、内野手や捕手よりも年収平均はやや高いことがわかっています。そして、別格扱いで収入の高い選手もやはり同じように、投手と外野手に偏る傾向があり、メジャーリーグに行って成功した日本人選手もやはり、投資と外野手が多く、捕手と内野手で大きく成功した人が出ていないことは、今現在スポーツニュースで取り上げられる選手の顔ぶれを見ても、明らかだと思います。

このように一般社会人、スポーツ選手を比べても「どのポジションを狙っていくのか?」そして、どのように教育にお金をかけるのか?によって、一生涯で手にできる年収には「とても大きな差が出る!」といったことが分かります。

しかし、1番大事なことは、教育を施す側つまり、、、親にあるのです。夜の時間、子供が勉強に励むようになるには、親が自らそのための姿勢を示さなければなりません。

自分はくだらない芸能人のトークショウを見て笑っているのに、子供に向かって「お前は、勉強しろ!」では、言うことを聞く子供など、いはしないでしょう。

子供は親の背中を見て育つ

毎晩毎晩パチンコ通いする親の背中を見て「自分は一生懸命勉強しよう!」と思う子はいないのであり、子供に勉強させようと思うのであれば、親がその身を持って手本を示さなければなりません。

「子供に自発的な教育を施そう」と親自身が考えるなら、夜な夜な飲み歩くとか、遊び呆けるのではなく自宅で静かに本を読むなど、自分を高めている態度を黙って見せなければなりません。

フランスの社会学者ブルデューは「文化資本」と名付けているのですが、家庭の中で知的で文化的な雰囲気が漂っていると、子供はその雰囲気に自然に馴染んで、自ら知的ないし文化的な人間になろうと努力するそうです。

結局、教育にとって1番大事なのは親が手本になることであり、一般的な社会人であってもスポーツ選手であっても、羊の群れの中で羊になるのではなく「自分は狼であろうとすること」が重要であり、いかにその他大勢と違う自分になろうとするのか?といったことを戦略的に努力することが、その人の人生に大きな影響与えていると、言えるのではないかと思います。

本日もありがとうございました。

 

 

 

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