自分自身の葬儀が自分の「コア・バリュー」を教えてくれる!死に方がその人の「生き方そのもの」を表しているんじゃないかな~と思いますゥ、、、

「幸福とは、自分の価値観が達成された時に生まれる意識の状態のことである」

これはロシア系アメリカ人の小説家にして思想家であったアイン・ランド女史の言葉です。

人間は自分の価値観に従った生き方をしていなければ、どれだけ経済的に成功したとしても、それは不幸である、、、そう言えるのかもしれません。

あなたが自分の人生をより良いものに変えたいと思うなら、人生を良くするためのマスタープラン作りに取り掛かる必要があるでしょう。

しかし、いきなりプランを作る前に、自分にとって本当に重要なものは「一体どんなものなのか?」これを必ず知る必要があるのです。

あなたの周りにいる人たちが自分のコア・バリューを教えてくれる

街を歩いている人たちで、自分の仕事に満足している人は“ほとんどいない”と言っていいでしょう。

もしかすると、あなたもそのうちの1人かもしれません。

仕事のことだけでなく人間関係も行き詰まり、もっと経済的にも余裕が欲しいと思っているかもしれません。

「何かが起これば、自分はもっと幸せになれるのに、、、」

まるで宝くじでも当たれば全てがうまくいく。そんなふうに考えているのかもしれません。

しかし、実際に宝くじが当たったとしても幸せになる人は、ほとんどいないようです。高額宝くじ当選者の9割以上がその後、不幸な人生を送っているといったデータまであるのですから。

なので、本当に幸せな人生を送るには自分の「コア・バリュー」に従って生きていなければ、どれだけ成功したと言われても本当に心が晴れることなどないでしょう。

だからこそ、自分のゴールを決める前にしっかりと時間をかけて自分自身の「コア・バリュー」を知っておく必要があるのです。

では「コア・バリュー」とは一体どんなことなのか?

コア・バリューとは、、、

人の心の奥底にある善悪を判断する感覚です。もっと簡単に言ってしまうと、

「好き嫌いを決める感覚」

と言ってしまってもいいでしょう。

ではコア・バリューとゴールの間にはどんな関係があるのか?幸福を持続させるためには、この両方が欠かせないのですが、自分のコア・バリューに反するゴールを決めてしまった人が、どうなってしまうのかというと、、、

「経済的には成功した、自分のやりたいことはすべてやった。なのに何で、こんなに満たされないのか、、、」

と毎日を最悪の気持ちで過ごすことになるのです。

実際に私の知り合いのコンサルの方は、クライアント(全部、会社経営者)の心の奥底にある「本質的な願望」を明らかにし、そこから本来クライアントが望んでいるコア・バリューに沿った目的、目標を会社の方針に変えていく、といったコンサルをしています。

一般的には、まったく認知されていないコンサル業ですが、現在では経営者つてに“紹介のみ”でビジネスが回っているそうです。

このようなコンサルが実際に活躍しているのが現実であり、経済的には大成功したけれど全く心が満たされずに、常に何かに飢えているような感覚を覚える経営者など、ざらにいるのです。

彼らは優秀であるが故に、自分のコア・バリューを履き違えたまま、間違った成功を目指してしまった不幸な人々なのかもしれません。

このような人生が不幸せであるのが間違いがなく、だからこそあなたには自分のコア・バリューを間違えることなく“自分の望む本当の幸せ”を目指してほしいと思います。

そして、自分のコア・バリューを正確に知るには、ある場面をイメージしてみるのが有効です。

その場面とは、、、

「自分自身の葬儀」です。

自分の葬式に集まった人々が生前の自分がどんな人間だったのか?を、棺に横たわる、あなたの顔を覗きながら話をしている。

そんな場面をイメージしてみるのです。

そして、できるだけ具体的に葬儀にやってきた人たちを思い浮かべてみると、、、

あなたの親や兄弟姉妹であったり、隣人かもしれませんし、仕事仲間や、中には付き合いだけで顔を出した知らない人もいるかもしれません。

現実に、そんな人たちがいるなら、はっきりとその人たちのことを思い浮かべてみると、より一層イメージが明確になるでしょう。

そして、彼らはあなたについて一体どんなことを話しているのか?を想像してみます。

「気前の良い人だったよな、いつも誕生日にはプレゼントを送ってくれた、、、」

と悲しんでいるでしょうか?それとも、

「わがままな人だったわ!一度だって私の言うことなんて聞いてくれたことがなかった!」

と罵倒しているでしょうか?

このイメージの時、大切な事は格好など付けずに、自分自身に対するイメージをありのまま、集まった人々の口から語らせることにあるのです。

大事なことは葬儀に参列する人たちが「どんな本音を漏らすか?」ということであり、その時あなたは、どんな気持ちになるのか?を考えてみることに意義があるのです。

死に方がその人の「生き方そのもの」を表している

もし、あなたが嫌な気分になったとしたら、その人と自分の間には何かしらの問題があり、2人の関係においては、自分のコア・バリューに従った生き方をしていなかったことになるでしょう。

人々の口から出てくる言葉にあなたは心が温かくなる思いもあれば、聞いていて耳が痛くなるような批判もあるかもしれません。そして、その人たちに自分は、

「どんな言葉をかけてもらいたかったのか?」

その言葉を、自分自身に問いかけてみるのです。

その問いかけに答え、人との関わり合いの中で答えを見つけていくことが、自分のコア・バリューを見つけることになるのです。

「自分にとって本当に必要なものは何なのか?」

この答えを見つけることがあなたの意識を幸福にし、あなた自身もあなたの周りの人々も幸せにしていくことになるのです。

本日もありがとうございました。

 追伸

「S」の恩師は小学校の校長をしたり、自分で新しく幼稚園を創設した「教育者」でした。特に幼児教育には熱心で、

 「子供は小さい時の教育で、その後の人生が決まる!」

 とした確固たる信念をもった人でした。

 そんな恩師が亡くなった時の事ですが、式を終え葬儀場から退場すると、外には館内に入り切れなかった幼稚園児とその父兄が参列していて、葬儀場に入れない人達で溢れ返っていました。幼稚園の園長先生が亡くなったからといって、園児を連れた父兄がそれほど参列する事はありませんから、その時「S」は、

 (これが、先生の人生そのものか、、、)

 と深く感銘を受けた記憶があります。自分にとって死んだ祖父の代わりのような人であり、成人してから何かと仕事の事についてなどの相談に行ったものです。で、行くと嬉しそうに「ウンウン、そうだな~」と話しを聞いてくれました。

 私は自分の葬儀を考えた時「あんなにいっぱいの人には来てもらえないよな~」と思い、先生のように大勢の人に何かしらを想ってもらえる人物になれないだろうとは思うのですが、それでも、死ぬときに、

 「あ~オモシロイ人生だった!十分、楽しんだから、死んだら、その先はどうなるかな~」

 とワクワクしながら死ぬのが、ずっと昔からのイメージでした。だから、今日のコア・バリューの事については実際に自分でやってみると、「こんな死に方が幸せな人生そのもの!」といったイメージが浮かんでくるかもしれませんね~♪

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