本質を見誤ると「淘汰」される時代になった!AI翻訳機が登場する時代に子供が英語の勉強をするのは正解か?

現代社会は情報がネットを通じて一瞬で世界を駆け回ってしまうため、情報伝達の時間差など、ないも同じであり、何かを調べたいと思ったら、何でも簡単に手に入ってしまう時代になりました。

すると、今まで一般的にはあまり知られていなかったことや、それまでにはずっと常識であり真実だと思われていたことが「実は、違っていた、、、」などと言うことが、いくらでも明るみになってしまう時代でもあると思います。

ですから、ある日突然、自分が信じていたもの、絶対だと頑なに思っていたことが音を立てて、ガラガラと崩れ去ってしまう、といった事もあるでしょう。

なので、知識や情報は決して確実なものではなく、今まで確かなものだと思っていた「お金」や「肩書き」などに頼ることは、もはや危険でもある時代になってきているのが確かです。そんな時代に、生き方を間違え後々になってから激しく後悔しないためには、基本的な考え方や物事の本質を見極めることが重要になっていくでしょう。

優秀な翻訳の登場する時代を前に「英語の勉強」をするのは正しい選択か?

「私は将来的に、世界中で仕事をしてグローバルな生き方をしたい!」こんな風に考えている人も多くなりました。

しかし、現実的には自分ではそんな生き方ができないと思った人は、自分に子供がいれば、小さな頃から英語を学ばせる。そんな人も増えているようです。

けれども、それが本質を見極めた考え方であり、行動であるか?と言われると、私自身は疑問を感じずにはいられません。グローバル化、こんな言葉に触れ単純に考えてしまうと「だったら、英語を学ばなければならない」と短絡的な思考に走ってしまいます。

余談ですが、、、

私の義理の妹も、「楽しそうだから」と短絡的な考え方で、子供に英語の教材を買い与えて遊ばせているのですが、、、日本人の脳は、海外の方に比べて潜在的なポテンシャルが上回っているので、脳が出来上がる前の小さい頃は「子音」である英語の勉強は、むしろ子供の持つ「脳力」のポテンシャルを引き下げてしまうと知人に聞いた事があります。

欧米人には「小川のせせらぎ」「鈴虫の音色」はノイズにしか聞こえないらしく、小川のさらさらと流れる水音や「リリリリ~」といった秋の風情を感じさせる情緒のある鈴虫の羽音も「このノイズは、何だ!」としか聞こえないそうです。

日本民族の母国語である「日本語」は世界的にみても、唯一といっていい「母音言語」であり、欧米人の話す「子音言語」とはまったく別種の波動を持っているとも言われます。日本ではまだなじみがありませんが、「波動」「音波療法」などは欧米、特にイギリス、ロシアなどでは発達していて、社会保険も適用される治療まで存在するそうです。

そして、これまた余談ですが、、、日本人以外に「母音」での言語を使うの唯一の例外は「ユダヤ教の聖職者」のみだそうです。一般人は戒律で、使う事を厳しく禁止されているとも聞きました。スピ系の話の好きな人の中には「日本とユダヤ人の祖全は同じ」であり、元々のユダヤ人とは「黄色人種だった」という説もあるくらいです。

私には真偽のほどは分かりませんが、「世界的に唯一の母音言語を話す民族」とうところで何か意味、関係があるのかもしれません、、、

で、話をかな~り現実的なところに戻しますが~、AIの発達によってもうじき優秀な同時通訳の翻訳機が、開発されることになるのは間違いがありません。

しかも、誰にでも使いやすい形で手軽な価格で使えるようになり、爆発的に普及すると思います。実際のところ、翻訳機の開発は製品化目前のところまで漕ぎつけている、という情報もあります。

そんな時代を目の前にして、英語を学ばせるのは間違いであり、それよりも学ぶべきことは、

「しっかりとした日本語で考えられるようになる」

ということになると思います。つまり、、、母国語での基礎的な「思考力」を磨け!になるのです。

本質を見誤ると「淘汰」される時代になった

いくら人工知能を使った翻訳機が優秀であったとしても、自分が伝える日本語の使い方が間違っていれば、間違ったアウトプットしか出てこないのが道理です。

コピーの例えでよくあるのが「ゴミを入れれば、ゴミが出るだけ」インプットする情報が間違っていれば、自ずと間違えた答えしか手にできない、という事です。

であれば将来的には、正しい日本語の使い方をしっかりと勉強した方が、海外の人を相手にしても、より豊かなコミュニケーションができると思います。

ただ、英会話しながらの直接のコミュニケーションにも利点があるのは当然であり、要は、、、

「自分の目的が何であるのか?」

この点を明確に理解していることが大切であり「本質的な部分を抑えた、考え方ができているか?」といったところが、最も大切になるのです。世界中を駆け回るグローバルな生き方が、イコール「英語を話せなければダメ」といった訳ではないと思います。

それよりも、日本人としての本質的な生き方や考え方ができている方が、よほど重要だと思えます。

本質が欠落したままの知識に振り回されると、人は短絡的な思考に走ります。そして、その場しのぎで考えることに慣れてしまうため、深く考えるという事ができなくなっていくでしょう。

全ての物事には根本があり、その根本の本質を知った上で必要な知識を得、自分で考え身の振り方を考えていかなければ、必ず、後々になって後悔をすることになるでしょう。

これが、「しまったなぁ~」程度の話で済めばまだマシですが、社会の流れや状況により、強制的に考え方や生き方を修正される事を強要されるようになると、かなり大変な事になると思います。どんなに巧みな舵取りのできる名経営者であっても、時代の流れに逆らった舵取りをしていては、船を前に進ませることができないと言われます。

前に進まない位であればマシですが、多くの場合、それではほとんどの会社が沈没、つまり破綻します。それほど、時代の流れには強い力があり、

「これからどんな時代になっていくのか?」

「自分がしようとしていることの本質的な事は何なのか?」

といったことを深く理解していなければ、あなたは時代の流れの強制を受けて、淘汰されてしまうかもしれません。ですから、謙虚な姿勢を忘れずに短絡的な思考に陥らずに、自分を取り巻く大きな枠組みや、仕組みを認識することが大事であり、常に本質は何かを考え、その本質から外れない行動することが、より一層求められる時代になってきたと思います。

本日もありがとうございました。

追伸

本分の中でも脱線して触れましたが、、、日本人は本当に優秀!だと思います。

製造業の管理職をしていた頃、韓国、中国、北米カナダと色んな国を訪れましたが、日本人の繊細さは飛びぬけていて、「工業製品なら世界一」を自慢できる国である事も頷けました。

そして、その日本人としての優秀さを支えているのは、独自の母音言語による「脳力パフォーマンス」の優秀さ故であり、またいつかこのブログで私がメルマガやLP(セールスレター)のお仕事をさせていた「脳力開発のスペシャリストの先生」の話なども、させて頂きたと思います。

では今日は、この辺りで失礼します。

それでは有意義な週末、お過ごしくださいね。

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