将来AIが台頭してくる社会になるのは間違いがない!であれば、、、あなたにできる事は何ですか?

「AIの導入に対して、新たに特別な税金を課して人々の雇用を守るべき」これはアメリカで真剣に議論されている新法の構想だそうです。

「AIの登場によって、人間の仕事が機械に奪われてしまう」といった危機感を抱く人が、アメリカ社会のリーダー層には多くいるようであり、法律によって雇用を守るべきと言う意見が多くの経営者などから聞かれることは、それだけ人工知能の問題が現実味を帯びている証になると思います。

昨今ではプロの将棋士や囲碁士にAIが勝った!などといってセンセーショナルな記事やニュースが流れて人々の話題になりました。それに、あなたも目にしたことがあると思いますが将来、機械に取って代わられる職業一覧の中に、もし自分の職業が入っていれば、、、

「これは本当に、将来的にやばいかも、、、」と真剣に考えざるをえないと思います。

しかしそれ以上に、雇用を真剣に考えているのがアメリカでの新法設立の動きから、経営者だということがわかったのですが、どうして彼らは雇用を守る必要があるのでしょうか?

経営者の側の論理から考えてみれば明らかになることですが、人に代わって機械が仕事をしてくれれば、機械は文句も言わずに24時間働いてくれて生産性は劇的に向上する。だから、経営者にとっては良いことではないのか?と考えるのが普通かと思われますが、実は、、、この考え方自体が、少々早計に過ぎると言えます。

人間がAI(機械)には絶対的に勝てない分野がある。だからこそAIを上手く活用できる社会にするべき

単純な「経費」という考え方だけで見れば、経営者にとって人工知能の登場は喜ぶべきことになるのですが、しかし、状況はそれほど単純ではありません。

人間の仕事を極限まで機械に置き換えてしまうと、それが行き着くところまで行ってしまえば、機械が労働市場を制覇することになり、この機械に駆逐された失業者で町は溢れることになるのです。

それでは結果的に、企業が生産した製品や提供するサービスを購入してくれる購買力のある消費者が、いなくなることになるでしょう。そして、それが結果的には企業の減収にもつながります。

ですから、雇用と消費の関係は表裏一体であり、ある程度のバランスをとることは、健全な社会の維持には必ず必要だと思います。

少々話が変わるのですが、、、

「機械にできることならば、機械にやらせよ!」

という意見があるのも確かです。そしてこれは、機械に職業選択権をゆだねているのと同じでしょう。

しかしこれは“絶対的な誤り”であり、もし機械の性能を絶対的な基準にした社会であれば、スポーツアスリートやオリンピック選手の活躍に誰も感動など覚えないと思います。

100メートルをボルトよりも速く走る機械など、いくらでも考案することができるでしょうし、ジェット機、飛行機のような機械に頼らず、自分で空を滑空するのを楽しむスポーツが成立するのも、人間がそれを「楽しい!すばらしい!」と思うからこそであり、正しい職業の選択基準は「人の嫌がる仕事なら機械にさせる」と考えることが、労働に対する正しい考え方だと思います。

例えば介護事業などでは対象が人間だけに、入浴や排泄の世話など行わなければなりませんが、これは、される側も、する側もできれば自分でやりたいことであり、やってほしいことであり、そのようにお互いが嫌うことこそ機械にさせるべき仕事だと思います。

そのためには、政治的なリーダーシップが必要であり、ガイドラインを作りつつ、多くの経営者の意見を取り入れるべきだと思います。

実際の業務は、囲碁や将棋ほど単純ではありませんが、囲碁や将棋でプロを打ちまかすAIの存在は、大々的な宣伝効果を期待することが可能です。ですから、世間の注目を集めることによって莫大な開発資金が、AIの開発会社に集まれば、今以上のAIが生まれる可能性もあるでしょう。

将来AIが台頭してくる社会になるのは間違いがない!であれば、、、自分たちにできる事は何か?

そして、AIの持つメカニズムの1つで「ディープ・ラーニング」というメカニズムがあるのですが、プロ棋士や囲碁士たちが、「後から考えても、どうしてもAIの打つ手を理解できない、、、」と口々に、人間の限界を吐露することがあります。

人間同士の戦いであれば「ああ、きっとこの指し手は布石だな、、、」とある程度は、相手の考えていることを想像し意図を読むことができるそうです。

ところがAIが相手であると、「どうしても意図が読めない、、、」といった局面が多発するそうです。

これはAIが、過去の譜面から将棋や囲碁を学習するだけでなく、将棋や囲碁とは全く何の関連性もない事を独自に結びつけて、人間には全く考えようのない「想像を絶する、新たな一手を考案する」機能があるからになるのです。

これが人間には全くその中身は想像できない「ブラックボックス」であり、AIの持つ人間にはない独自の「ディープ・ラーニング」という機能になるのです。

人間には推論できない独自の理論で独自の判断を行うようになれば、それこそSF映画のような、AIの反乱による人間の粛清が始まるかもしれません。

しかし、本当にそのようなことが起きるのかどうか?すら現時点では、誰にも判断する事はできず、我々に今のところ出来る事は結局「将来を見据えて自分を磨くこと、、、」これしかないと思います。

本日もありがとうございました。

 追伸

AIの研究者や知見のある学識者の中には「どれだけAIが発達しよとも、AIには人間の感情を理解する事は不可能である」と唱える人も少なくはありません。

 しかし、論理的で効率を追求するような事であれば、囲碁や将棋のように人間が機械に勝ることは難しく、将来的には運送や、金融の関係は真っ先にAIが導入されるとも言われています。

 因みに、、、友人の税理士も「自分たちのような仕業の業界もダメだね!」と今のうちから対策を考えているそうであり、ただ「オモシロイ記事」を書くだけのライターでさえ、将来的にはAIに駆逐される可能性もあるそうです。

 なので、、、結局のところ自分が将来的に何かしらの仕事で生計を立てていくには「人間の心理」を理解するほかはなく人の感情こそが「どのような時代になっても変わらない普遍的なもの」であり、ビジネスの種、芽になるものだと思います。

 

 

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