「実は、マーケティングの天才?!」“戦国の革命児”信長のマネージメントは、現在社会を生きる経営者にも役立つものである!

「ビジネスでの成果が欲しい」「売上げを確保したい」と思えば、マーケティングと言うよりもビジネスそのものに戦略性が必要なのですが、戦略性を少し違った言葉で表すとそれは“コンセプト”であり、そのコンセプトを実現させるための「ブランディング」であると言えるかもしれません。

そして、マーケティング、ブランディング、コンセプトなどすべてカタカナであり、マーケティングといえば、やはり先進国はアメリカであって、考え方そのものが海外からの輸入ものであると思えてしまうかもしれません。

しかし、形こそ分かりにくいのですが、現代のマーケティングにも応用できる卓越したマーケティングの手法を数百年以上前に見せたのが、戦国時代の三英傑の1人である“織田信長”であったと思います。

戦国時代も現代も、「独自のコンセプト」は重要である!

信長は、「天下布武」と言うコンセプトを旗印にして、戦国の乱世に独自のイノベーションを引き起こそうとしていた武将である!と見ることもできるでしょう。

天下布武とは、、、

一般的には「武力による全国の統一」と捉えられていると思いますが、私は単純な武力による全国の統一といった信長の野心を表した言葉だとは思いません。

戦国時代においては、覇者になるための条件があり、それは単純な力だけではありませんでした。

武力とはつまり軍事力ですが、そこに情報力と情報を基にした戦略がなければ、戦に勝つことはできませんでした。そして、情報力とその情報に支えられた軍事力は“経済力”という基盤あってのものでした。

これは現在の国家間にも言えることですが、経済力がなければ軍備を整えることはできず、信長、軍事力を充実させるには、経済力という背景がいることを十分に承知していたと思います。

ここで改めてマーケティングと言うものを定義したいと思いますが、マーケティングとは、、、

「市場の要求に応えて、利益を得る活動の全般を指すもの」です。

そして、信長を現代の政治家だとすると住民(自国の民)の生活が豊かになるため生活基盤を整え、公的機関の利便性を追求し、彼らが住みやすくなるような国づくりをし、旺盛な経済活動が起こることで税金が徴収されることを最終的な目標にしていたと思います。

ですから、会社で言えば「利益」、国という単位の社会で言えば「税金」を手に入れ、社会環境整えることが戦国時代のマーケティングであった?、、、と言えるのではないのでしょうか。

そこで、信長が旗印に掲げた「天下布武」のコンセプトが生きてくるのですが、天下布武のコンセプトは「この信長が天下を目指すのは、従来の領地争いに終始するのではなく、あまねく天下を統一することで日の本を1つの公とみなし、そこに住まうものは皆、自国の民であることを保証する!」といった意味を内在していたと思います。

そこで信長は、足利義昭を奉じることで京都上洛を果たし、天皇家へと接近し、自らが正当な権威であるというブランディングを行ったのだと考えると、織田信長という人物が如何に「ビジネスマン」「事業家 」として優秀であったか、、、といった事の証になると思います。

マーケティングで使われる手法の1つに「権威」といったものがありますが、信長は自らの権威を作り上げるのに、既に当時の権威であった足利義昭を利用し、一介の地方領主であった自分自身を全国的なブランドとして祭上げたとも言えるでしょう。

人間は潜在的な意識で「権威」といったものに、とても大きな影響を受けているのですが、それを顕在的な意識で認識している事は稀であり、それだけにマーケティングでは自然な形で非常に使いやすい心理トリガーの1つであると思います。

“戦国の革命児”信長のマネージメントは、現在社会を生きる経営者にも役立つものである

信長の行動を、マーケティングとして捉えた時、戦は「顧客創造の一環」であり、ドラッカーのいうイノベーションと一体であったと思えます。

信長という武将の登場以前は、搾取の対象となる「奴隷農民」はいても、ある程度の年貢の徴収を見込めた「農民」という存在自体がいませんでした。そこで信長が行ったイノベーションは、

「関所の撤廃による市場の自由化」

「職業的戦闘集団である傭兵と農民の分離」

この2つが当時としては革新的、画期的な思考であり、この2つの政策によって、自らが統治し自由に年貢の徴収を行える「平農民」の誕生を目指したのであると言えるのです。

さらには「楽市楽座」や、粗悪な銭の流通を禁止する「撰銭令」(えりぜにれい)などを発布し、商人の経済活動を活発化しました。

そして、この政策により税の徴収が増え、国力が安定する結果となりました。

マーケティングで言われる「顧客の創造」とは、なかなかに理解の難しい概念ではありますが、それを400年以上も前に実践していた織田信長という人物は、戦国の世の中を見渡しても、傑出した武将であると同時に、第一線級の“辣腕経営者”と言えたのではないかと思います。

“戦国の革命児”信長のマネージメントは、現在社会を生きる経営者にも役立つものであり、彼の実施した様々な政策は大いに参考になるものばかりだと思います。

そして「質の高いマネージメント能力」とは社会を変革し、従業員や顧客だけでなく「関わる者全て」を幸せにする、素晴らし能力ではないかと思えるのです。

最後までありがとうございました。

追伸

今日の記事を考えていて、ふと思い出したのですが、、、

私の住む場所からほど近いところ(クルマで30分くらいでしょうか?)

そこに「西山本門寺」という寺があり、本能寺から密かに運び出された

「信長の首」を埋葬した!と言われる寺があります。

以前から「一度、行ってみようかな~」と思っていた事を思い出しました。

 

マーケティングとは直接関係のない事ではありますが、

「歴史の裏に隠された真実」には、ちょっと興味のあるタイプなので

もしかすると、、、

このブログでも番外編的に、お話しをさせてもらうかもしれませんね。

では、本日はこの辺りで失礼します。

 

 

 

 

 

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